- ホーム>
- 最強の調達・購買スキルアップ講座>
- 「仕組み化」の前にやっておくこと(牧野直哉)
「仕組み化」の前にやっておくこと(牧野直哉)
忘れられない思い出があります。
調達・購買部門へ異動して、数年後のことです。調達・購買部門のあり方、バイヤーとしての仕事に疑問を感じていた私は、同僚と共に自分のスキルアップを目指して、週に一回次のようなゲームをやっていました。
ゲーム名:購入価格当てゲーム
1. ゲームに参加するバイヤー皆で、現場へと繰り出します
2. 納品場で10品ほどの購入品をその場で無作為に選定し、参加したバイヤーがその場で価格を査定し値付けをします
3. 会議室へ戻って、答え合わせを行ないます
4. 選定された購入品の担当バイヤーは、正解=現在の購入価格と、価格を決定した根拠をその場で説明します
当時、購入する品目毎にバイヤーが担当分けされていました。したがい、部品を選定した段階で「これは××(担当者の名前)が買っているな」ということがわかります。選定品目は参加バイヤー数と同じくしていましたので、ほぼ全員の参加者が、自分が決定した価格の根拠を説明しなければなりません。当日のその場でなければどんな部品が選定されるかはわかりません。私にとっては恐怖でもありました。しかしあくまでもゲームです。もし購入価格の妥当性に疑問が投げかけられた場合、購入コストを下げられるネタが発見できたともいえます。「なんで、こんな金額で買っているのだ?!」なんて厳しい言葉もなく、とても和やかな雰囲気の中、部品一点一点の物語=先輩の持つノウハウが、段々と共有化されてゆきます。私のバイヤー生活でも、特に印象に残る楽しい時間でした。
そんな取り組みは、隣の課のメンバーにも興味深く映ったのでしょう。一緒にやることになりました。初の合同開催の日、新たに参加するメンバーに「午後一番に納品場に集合」と伝えると、驚くべき答えがかえってきました。
「納品場ってどこですか」
私は驚きました。産業機械の組み立て工場に勤務して、調達購買を担当しているのに、納品される場所を知らないのです。サプライヤーに取引方法の詳細を説明する書類にも明記されていますし、なにより自分が買っているものを目にできるのはその場所しか無いわけです。私が人生で初めて「最近の若い者は~」と思った瞬間でもありました。
もう一つ、別のエピソードです。私は調達・購買の改善プロジェクトに参加したことがあります。これまた価値ある財産を得るまたとない機会となりました。予算の切れ目でコンサルタントが去った後も、少しずつ改善に取り組めたのは、指導してくださったコンサルタントによる徹底した現状掌握へのこだわりと、おかげで現状を掴む方法を私が習得できたことにあります。
徹底した現状掌握の過程では、あらたな発見がいくつもありました。中でも印象的だったのは、日々業務をおこなっていても、実際の業務の詳細はわかっていなかったという真実です。「前工程はお客様」とは名ばかりで、知らなかったことがたくさんありました。自分の担当プロセスだけでなく、前後のプロセスに目を配っていたつもりの私には、実に強烈な「ダメだし」でもありました。
2つのエピソードに共通する点は「現状掌握の不足」です。私はなぜそうなったのかを考えました。調達・購買部門に異動した時、仕事のやり方の多くは口頭によって伝えられました。業務マニュアルもありましたが、A4サイズで50ページ程度のものです。業務を進める中で、情報システムを活用しなければならない環境でした。「ダメを出し」をされた後、自省の中でA4 50ページほどのマニュアルに、口頭で伝えられた内容を書き加えていました。すると、ふとあることに気づきました。
まったく同じ業務であっても、説明を受けた人によって、少しずつではありますが微妙に処理方法が異なっていました。私自身、業務の処理方法で学んだ点もあります。しかし、こうも思いました。同じ業務を同じフロアで机を並べておこなっているにも関わらず、なぜこのような違いが生まれるのか。そんな疑問です。二つの原因を考えました。
一つは、システムの活用方法です。システム化はおこなったものの、一定の曖昧さを残し、担当者の嗜好によって少し違ったアプローチでも結果を得られてしまうわけです。担当者の裁量といえば聞こえはいいかもしれません。しかし、ひとたび「改善」を求める際、根源的にどこをどのように変えるのかといった場面では、皆が少しずつ違った処理のプロセスを持つことは混乱を招きます。ほんとうの正規な処理方法はどれなの?ということになるのです。
もう一つ、これはよくいわれていることですが、システム化そのものの弊害です。先に現場を知らない同僚の話を書きました。その同僚にもA4 50ページのマニュアルは配布されています。そして、そのマニュアルをみてパソコンのモニターを見つつ、キーボードを操作すれば、最低限の業務は処理することが可能です。実際にモノや情報といった業務遂行、事業を進める上で重要な経営資源がどのように社内を流通するのかを知らなくても、仕事はできてしまうのです。
このような状態は、ある意味で「仕組み化」は完了しているともいえます。しかし、仕組み化の結果、仕組みのカラクリを知らない同僚が増えていました。そして、中途半端に属人的な部分が残る仕組みは、ひとたびプロセスの改善に取り組む際に、変化の基点をどこにするかで大きな問題となります。既存のプロセスには個人レベルかもしれませんが「仕組み」は確かに存在します。その部分への言及をせずに、新たな仕組みづくりをおこなうことは、あらたな「穴」を生み、再び少しずつ違うプロセスが生まれてしまう余地を残します。
属人的な業務遂行の状態は「仕組み化」への取り組みの動機になります。しかし、そこで避けなければならないことがあります。属人的とは多くの「仕組み」は存在することです。「仕組み化」を語る際に、今現在なにも「仕組み」がないかのごとく話をするのは、後に大きな問題点を残す結果になります。「仕組み化」とは、現在の不十分な仕組みを変更して、あらたな仕組みを作り上げること。それには、なにより現在の姿を十分に理解することがまず必要です。今、なぜこのような仕組みになっているのか。属人的な複数の仕組みが存在してしまったことにも理由があるはずですね。その部分にも改善のときにはメスをいれなければならないのです。
ビジネスの本質は「変化」への対応です。従来の仕組みでは対応できない場合に、現状を確実に掌握せずにおこなう対応=改善は、問題の先送り以外の何者でもありません。これまでの私の経験を話せば、たしかに現状掌握は難しいんです。現状掌握に必要なものは「こだわり」であり、「ねばり」です。現状掌握を目的に投じた時間は、必ず有意義なものとなるのです。