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秘密の前に知るべきことがある(1)
「いや、ここだけの話なんですけどね」
とある半導体商社の営業部長は目の前のバイヤーに話し出した。
自分が知っている情報のこと。
業界の動きのこと。
そして、今後予測される市況変動のこと。そして、その後に来るであろう、業界の再編成のこと。
その営業部長は、部下くらいの年齢であるそのバイヤーに対して、声も高らかに語り、それは尽きることがなかったのである。
最初は、新製品の通信用ICのPRだったはずの場は、一変して雑談会と化していた。
そして、繰り返し営業部長は、言うのであった。
「いや、本当に、ここだけの話なんですけどね」
目の前のバイヤーは、感心し、なるほど世の中の情報とは、かくもあるところに集中するものなのだなぁ、と思った。
次々に繰り出される未知の用語と情報に、バイヤーはすっかりだまされてしまったのである。
そして、バイヤーは職場に戻ると、こう言ったのである。
「いやぁ、あそこの営業部長の○○さん。本当に詳しいですねぇ。情報を次々にいただける。本当に、貴重な時間でした」と。
・・・・
今まで何回の「ここだけの話」と「あなただけの話」を聞いてきただろうか。
ときには、その話は、営業の担当者から聞かされ、あるときは営業部長から聞かされ、あるときは同業種のバイヤーから聞かされた。
そして、いったい、どれだけの「ここだけの話」と「あなただけの話」が本日も量産されているのだろうか。
もちろん、その中には悪質なものもあったし、本当に現実化したものもあったし、色々だった。
だが、あるときから私は、その「ここだけの話」と「あなただけの話」をしっかりメモにとり、分別し保存しておいたことがある。
そして、しばらく経った後、その情報にどれだけ価値があったかを調べてみた。
この話は聞けてよかったな、と思える「ここだけの話」と「あなただけの話」はいくつあったか。
ゼロだった。
「ここだけの話」と「あなただけの話」には将来にわたって有益な情報が全くなかった。
むしろ、皆誰もが見えていて知っている話の中にこそ、いやそれだからこそ皆が真に気づかない有益な情報が埋もれていた。
こういうことを自分のデータで判断できた私は、それ以降「ここだけの話」と「あなただけの話」を自慢げに話す営業マンとバイヤーのことは、少し冷静に見ざるを得なくなった。
もちろん、前述のバイヤーとは私だった。
あの営業部長も悪い人ではなかったが、限られた人が知っている情報に関して、無条件に尊重しすぎるきらいがあった。
繰り返すが、やはり誰にでも見える、知っている情報にこそ有益なネタが詰まっていることを忘れてはいけないのだ。