秘密の前に知るべきことがある(2)

秘密の前に知るべきことがある(2)

以前、ある企業の工場の現場を見に行ったことがある。

私は、とあるプレス業を主とするそのサプライヤーについて、工場見学後もなんら疑問を持つことがなかった。

普通どおりの工程。

普通どおりの従業員たち。

何もかもが特に問題はない工場であるかのように思えたのだ。

しかし、その半年後、危機が襲った。

その工場の工員の一名がプレス機で腕をそぎ落とし、工場が全面ストップとなったのだ。

大騒ぎする現場と、各社のバイヤー。

その原因を聞いてみると、どうやら大量の生産品目をさばくために、安全装置を稼動させず、かなりショートカットしたやり方で生産していたようなのだ。

やや詳細にいうと、プレス機のうちタンデムという製法で生産するものは、一回一回製品をセットしたあとに作業者が両手を使いボタンを押す必要がある。

これは両手でボタンを押させることで、巻き込みを防止する役割をしているが、かなりややこしい。

この工場の一部では、片手で製品をセットし、足の付近にボタンをつくり、そのボタンを足ふみすることでスピードアップをはかっていた。

安全装置の思想を無視した形で、この工場は稼動していたのだ。

こんなことは、秘密でもなんでもなく、ただ「そこにある事実」だった。

こんなの工場の中では誰でも知っていた。

他社のバイヤーだって何人だって見に来ていた。

だけど、問題だったのは、その「事実」に対して、バイヤーの誰もが疑問にすら感じず、「こういうもんなのかぁ」という程度しか感想を持ち得なかったことだった。

私も同じだった。

秘密なんかより、こういう目に見える事実を再度発見し、指摘すればよかったのだ。

そして、将来の突然の納入ストップを防げたのだ。

このとき、私はバカだった。

・・・・

ほかの例もたくさんある。

他のバイヤーだって、目の前にずっとあったことに気づかなかったことはよくあるだろう。

それを気づく能力のことを、誰かは「感度」と言った。

清掃、清掃、と言われている工場にあって、床が清掃されているところだけを見て、品質監査で満点をつける人がいる。

しかし、本当は、なぜ工場はキレイになっていなければならないかをまず問う感度が必要なのだ。

しばし考えれば、「キレイにする必要があるのは、完成品にホコリが付着しないためである。そして完成品の商品性と性能を保つためである」という簡単な答えを導き出せ、であるならば工場の床よりも、機器類の上面部がキレイであるべきだ、と自らの答えを導き出すだろう。

そうしてその感度で工場を見たときに、そこにある「事実」として、機器類の上面部が汚ければ、満点どころかバツを付けるだろう。

そこにある、誰にでも見える「事実」の中の問題をつかむだけ、でいいのだ。

・・・・

感度を得るには、おそらく目的意識が必要だろう。

目的意識があるバイヤーならば、きっと日々の業務の中で次々に発見がある。

そして、その小さな小さな発見の積み重ねの中からしか、感度を磨いていく手段など出てこないのではないだろうか。

まずは、皆が当然と思っている物事に関して、もう一度問うてみよう。

するといつかしら、現在のバイヤーの立場や、バイヤーの存在意義についても再考せざるを得なくなるはずだから。

「腕を切り落とす前に、自己の業務について100個の疑問をつくろう」

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