規格とやりやすさの臨界点(1)

規格とやりやすさの臨界点(1)

「そりゃ、そっちからの要求でしょ!!」

営業マンは、バイヤーに叫んだ。

電話でのこと。

バイヤーは「早くしろ。早くしろ」とある製品の見積もりを急がせていた。

バイヤーは内部報告が予定されており焦っていた。「このコストが分からないと、報告もできないんだ。なんとか早く社内での稟議を通して、見積もりをくれないだろうか」

営業マンは、最初は我慢して聞いていたのだが、いつしか我慢しきれなくなった。

バイヤーの要求は理解できる。

ただし、いきなり「この見積もりちょうだい」と依頼されて、見積もりができるはずはないのだ。

今までだったらできただろう。

しかし、今はできないのだ。

見積もりを作成するまでに、異常に時間がかかるようになっていた。重なるチェックと監査用の資料の作成。そしてワークフロー業務の徹底化。

この企業は、IQSの向上、ISOの取得を達成することとなっていた。

サプライヤー企業は別にこれらの規格を取得したかったわけではなかった。

この規格取得はバイヤー側の企業から、取引の前提として取得するように要求されたものだった。

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上記の例は私も経験した例で、実際によくある。

バイヤー側は、その企業の対外的なイメージ向上のために、調達方針を打ち出すことがよくある。

環境調達、コンプライアンス、それに派生して、ISOの取得とか、BSとかTUVとか色々だ。

こういうのをサプライヤー企業に求めるようになる。

そして、その後、それらの規格維持のためにサプライヤー側企業は多大な業務負荷がかかる、という事実がある。

通常であれば、あうんの呼吸で決めていた見積もりコストも、異常なワークフローを通す必要が出てきたり、さらにはそのコストが原価から見て妥当なものであるのかをチェックする必要もあったりする。

そして、そういう業務がのしかかってきたときに、まず営業マンの業務は遅れだす。

売ること以前に、自分の仕事の証明付けが必要になるわけだからどうしようもない。

新聞紙上で、良いイメージの調達規格が報道されるたび、私は背後に埋もれた莫大な資料作成と労力の浪費に思いを馳せずにはおられない。

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例えば、製造業で日本トップの某企業のグループでは、ある規定されたルートを通らねば、客先に見積もりすら出せない仕組みになっている。

原価割れなどありえない。

しかも、特定の利益率を割るコストもありえない。

どこまでも計画と正確な業務フローに基づいたコストのみが「よし」とされる。

その企業は華やかなイメージとは裏腹だ。

その企業から深夜にメールが届くことも珍しくない。

さらにその企業は、社外にメールするときに、課長と係長、あるいはそれぞれの代理に必ずCCすることが求められている。

社外に発信するメールもチェック機能が働いているのだ。

課長職以上は日帰り出張から戻ってくると、メールの数が200通を超えることも珍しくないという。

私のそのグループ企業に対する感想は、一言だ。

「窮屈で仕方がないだろうな」

ちなみに、そのグループ企業の営業マンに、「そんな状況じゃ、社外の人と不倫もできませんね」と尋ねてみたことがある。

すると、「そうなんです。『飲みにでもいきましょっか?』みたいな軽い文面もダメです。不倫なんてとてもじゃない」という答えだった。

ただ、営業マンは忘れずにこう付け加えた。

「不倫が成功した例もあるんです。ただし、それは上司も巻き込んで不倫してましたけど」とのことだった。

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