調達・購買・資材の泣ける話①

調達・購買・資材の泣ける話①

人間は物語という季節のなかで生きている。

9年ほど前の季節の――つまり2001年に起こったすべての物語の――な
かで、ある一人の若いバイヤーの物語ほど、のちまで私に大きな影響を与え
たものはない。

「IT不況」と称されるその年は、世の中にあふれていた商品が突然売れな
くなり、かつて「時代の寵児」と称された若き成功者たちが没落を始めてい
た。製造業の各社は、なんとかコストを抑えねばならない、削減せねばなら
ないと焦っていた。しかも、その焦りのやっかいなところは、その不況の大
きさから、何をやってよいのかわからなかったことだ。

各企業のなかの調達部門も、その無策ぶりでは一緒だった。しかし、なんと
しても各社の協力をとりつけ、抜本的なコスト低減を図らねばならなかった。
それも、早急に。

ただ、どうしてよいのか、その絶望の前に立ちすくんでいた。

これは、ある電機メーカーでの話である。

調達部長に、ある課長が提案した。

「うちの課に、犀川詠二(仮名)という若手がいます。若いけれど、やる気
はあるし、他部門と本当に仲がいいし、いつも予想以上の成果をあげてくれ
ます。ためしに、彼に原価改善のプロジェクトを指揮させてみませんか」犀
川は呼び出され、調達部長から簡単な指示を受けた。

「緊急コスト改善プロジェクトとして、今年20%の削減を達成してほしい」
その犀川という、わずか入社6年目のバイヤーが、その翌日から誰も考えつ
かなかった手段を取り始めた――すべてのサプライヤーの経営者と営業担当
者に直筆の手紙を送り、コスト抑制のために「御社と一丸になって取り組み
たい」と伝え、一社一社面談に歩き、少なからぬ経営者がその若者の熱意に
落涙した。彼は現場で汗を流し、社内部門と調整を繰り返し週に何度も終電
を逃し、疲れた体をなげうって朝早くから自社の工程作業者とも会話を重ね、
同じ調達部門の人間にも涙目で訴えることで全体をまとめ、2002年には
本当に20%の削減を実現させてしまった――ということの詳細を語ること
は、今回の私の主題ではない。

私の感動を呼ぶのは、次の点である。部長が犀川にプロジェクト立ち上げの
指示をした際に、犀川は「どうやって、そのコスト削減を推進すればいいん
ですか?」と訊き返さなかった。なんと向こう見ずで果敢で、それでいて勇
気あるバイヤーだろうか。

バイヤーにとって必要なのは、机上の調達知識や先端のツールではなく、ま
してや小手先の交渉テクニックでもなく、横文字の知識でもない。凛々しく
目の前の仕事にぶつかることである。そして先輩ができることは、勇気を教
えてあげることである。

そうすれば、若いバイヤーたちは自発的に問題を解決しようとし、信頼を勝
ち得るために果断を下し、気持ちと人生を集中させ、そして自分の極限をた
めすために、無謀なプロジェクトであっても飛び込める人物になっていくだ
ろう。

今は2001年ではない。しかし、2001年のごとき状況は、今だって、
そして将来だって、いつでも起きるのだ。

バイヤーとしていくつかの仕事を指揮したことがある人であれば、そして物
事を少しでも改善させようと苦闘してきた人であれば、きっと分かってもら
えるだろう。社内外の多くや、同僚のバイヤーたちは、あまりに意欲がなく、
おのれの力で何か新たな地平線を拓くという意思を持ち合わせていないのだ。

適当な仕事に、真剣ではない交渉。仕事そのものへの無関心、そして努力も
学習もしようとしない。そして、こういうものが普通になってしまっている。
だから、そういう人たちを給料で釣るか、脅してやらせるか、奇跡が彼らを
消し去って有能なバイヤーたちに置き換わるか。そんなことがない限り、プ
ロジェクトを成功させることは難しいだろう。

テストをしてみよう。たとえば、これを読んでいるあなたの周りに五人の同
僚か部下がいるかもしれない。そこで、あなたはその一人に、こう言ってみ
てほしい。「ウチでコスト低減を推進するために、まずは他社がどんな手法
をとっているか調べてくれないか」

その「彼」は、すぐに「了解しました」といって調べ始めてくれるだろうか。
おそらく、そんなことはないだろう。

きっと「彼」は、めんどうくさそうな、そして生きる熱意を喪失したような
目で、こう聞いてくるだろう。「他社って、たとえばどこですか?」「そう
いうのって、どうやって調べればいいんでしょうか?」「どのホームページ
に載っているんでしょうか?」「そんなことやっている時間はないんですが」
「田中君にやらせたらどうですか?」「明日でいいですか?」「ニュースサ
イトをお伝えしますから、ご自分でやってくれませんか?」「ぼくは、そん
なことをするために、ここにいるんですか?」

そして「彼」は、その質問のあとで、不満そうな顔で頷き、しばらくすると
違う誰かに――事務職の女性とかに――その仕事を丸投げし、その5時間後
に「探すことができませんでした」と言うだろう。もしかしたら、あなたが
想像する以上の資料が出てくるかもしれない。

でも、多くの場合は、そうではないだろう。残念ながら。

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