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震災後の「心」の問題
いま一つの産業が興隆している。「心」産業だ。メンタルヘルス産業といってもいい。
震災後、サラリーマンたちが病んでいる。見えない将来、霞む未来、出口のない不況……。これらの原因でウツ状態になる人たちが急増しているという。
90年代以降の日本の製造業と小売業において、劇的な変化が生じた。バブル期以降、と説明してもいい。あるいは、昭和天皇崩御以降と説明してもいい。それは何だったか。日本経済の停滞である。
日本企業が規模を拡大できなくなった。もちろん、企業によっては00年代初頭までは規模が拡大できていたかもしれない。ただ、多少の誤差はあれ、現代は、企業の規模が拡大できなくなってしまった。
それは、何を意味したか。
昇進ポスト数の縮小と、給料上昇の頭打ちだった。そして、日本の製造業では空洞化が生じ、小売業ではそもそもお客がモノを買わなくなった。つまり、頑張って働いても、管理職になることのできる人数は限られ、給料も思ったように上がらずに、かつアジアの国々とのあいだの経済的優位性があまりなくなった。
これまでは「頑張れば、輝く未来が待っているぞ」というフレーズも有効だったところ、いまでは、そのフレーズは空疎に響く。頑張っても、上の世代が詰まっている。「頑張れば偉くなれるぞ」「頑張れば給料が上がるぞ」という鼓舞手法は、弊履と化した。
調達・購買部門においてどうなっただろうか。上の世代で管理職になることのできない人々は、いまだに現場のバイヤーを続け、若い世代にまわってくる仕事は雑用がメインになったか、あるいは体力勝負の業務だけになったのである。しかも、人数は減らされ、一人あたりの仕事量だけが増えていった。個別の企業のことではない。全体の傾向の話だ。
では、この状況が個人をいかに変えるのだろうか。「給料が上がらない」「昇進もできない」状況においては、「自分の苦労を他者に伝えることのみが最大価値となる時代」が到来するのである。
金も地位も得ることができないのであれば、人間は「自分の苦しみ」を他者に伝えることで、せめてもの慰めと、精神を壊さないよう自己防御をはかろうとするからである。
あなたの隣のバイヤーは、今日出席した「くだらない会議」について延々と教えてくれなかっただろうか。あるいは、「生産管理部門の失敗を押しつけられた話」をしなかっただろうか。もしくは、「サプライヤーの営業マンがバカで、苦労した話」をしなかっただろうか。もしくは、上司の頭が悪く、「ほんとうに仕事が愉しくない」という会話ではなかっただろうか。
これは、この現状が生み出した必然なのである。繰り返すが、「自分の苦労を他者に伝えることのみが最大価値となる時代」においては、「お前も苦労しているだろうけれど、俺のほうがもっと苦労しているんだぞ」と喧伝することが潜在欲求だからである。
そこには「頑張った者」と「頑張らない者」の対立はない。あるのは、「苦労しているオレ」と「苦労していないオマエ」の対立のみなのである。とくに会社内での矛盾を抱えやすい調達・購買部門は、この傾向が顕著になる。お金と地位を報酬としてもらえない前提にあっては、「俺が一番苦労している」と思うことこそが、自分の尊厳をかろうじて守る手法なのである。
現代では「苦労しているオレ」のみが、自己表現手法なのである。「苦労」こそが、逆説的に報酬となりえるのである。
調達・購買・資材のマネージャーたちは、このような時代に、どうやって部下をマネージメントしていくのだろうか。これが3.11後の隠れていて、それでいて大きな課題となるはずだ。
そして、おそらく、新たな調達・購買像とは、部門の多数派がこの「苦痛報酬理論」のトラップから脱したときに見えてくるものだろう。