2012年度 夏期海外調達実践論(牧野直哉)

2012年度 夏期海外調達実践論(牧野直哉)

この原稿を書いている8月1日時点で、$1=¥77.97という円高状態が継続しています。このような為替レートだと、日本のリソースを活用しなければならない企業が海外で勝負するビジネスをするのは引き続き厳しい状態ですね。こんな状況下ですから、少しでも海外=円貨以外の為替で評価されるリソースを求める考え方は、十分に理解できます。今月、購買ネットワークの分科会が開催されますが、テーマは海外調達です。今、バイヤーにとって注目のテーマということですね。

正直にいえば、私はこの「海外調達」という言葉に、あまり良い印象を持っていません。過去の急激な円高局面において、幾度となく多くの企業で海外調達への取り組みをがおこなわれてきました。しかし、円安に転じると海外調達に取り組むモチベーションも失われてしまいます。また、海外サプライヤーから提示された見積書を、国内サプライヤーとの交渉にのみ活用するといったこともおこなわれてきました。突き詰めれば、真剣に海外のサプライヤーと向き合っていなかった日本の調達・購買の姿が浮かんでくるのです。

海外調達などと構えることなく、たまたまサプライヤーが海外にいるだけ、というのが私のスタンスです。もちろん、商慣習・言葉・文化的な背景の差を考慮することは必要です。円高になって国内サプライヤーと交渉するバイヤーはいても、円安局面で海外サプライヤーと積極的に交渉したという話を聞いたことがありません。こういったスタンスによる行動がこれまで数回繰り返され、海外のサプライヤーと話をしていると、日本企業とはビジネスをしたくないとの声を聴くことも少なくないのです。すべてのバイヤーがそうだということではなくて、そういった傾向があるがゆえに、「日本」という括りで海外のサプライヤーからそう見られてしまうわけです。

加えて、海外調達には今、激しい逆風がふいています。これまでと異なるスタンスでのぞまないと、海外サプライヤーとの取引を実現させるのは困難です。ビジネスは、おかれた環境の影響を受けますね。今回は、近年の事象が海外調達にどのように影響しているのかについて、述べることにします。

●グローバルエコノミーの中での日本の地位低下

昨年、日本のGDPは中国に抜かれ、世界第三位となりました。私はこのメールマガジンでも、だからといって悲観的になる必要はないとのスタンスをとりました。しかし、海外調達には大きな影響があると考えるべきです。

日本企業のすべてが衰退局面から抜け出せないことはないでしょう。しかし、傾向として、GDPも中国に抜かれ、人口も減少してゆく国のバイヤーが持ってくるビジネスが、海外のサプライヤーに果たして魅力的に映るでしょうか。もちろん、魅力的に映るようにサプライヤーへ伝えるのは、我々バイヤーの重要な責務です。しかし、現在進行形で日本=衰退という前提で海外サプライヤーが認識していることへの準備は必要です。かつてもてはやされたソニーが、今サムスンにとって変わっている現実を、ソニーに勤務していなくても自らのこととしてとらえるべきです。海外サプライヤーにとって、日本よりも中国や、他の新興国からのバイヤーが魅力的であることを前提とする必要があるわけです。

●過度な要求

時に病的とすら感じる品質面でのサプライヤーへの要求。海外のサプライヤーは、そんなハードルの高い仕事よりも、自社の管理レベルの身の丈にあった仕事に魅力を感じています。身の丈にあったとは、向上心がないということではありません。「なぜ、そこまでの品質・管理レベルが必要なのか」というサプライヤーからの問に、根拠を持って必要性を説明することなしには、実践されるはずもありません。日本企業・日本製品、そして日本の企業経営そのものが世界の市場を席巻していた1980年代後半頃と今を比較すると、よりサプライヤーへの要求事項と対価にバランスが必要です。

●調達・購買担当者としての取り組み方法

「海外調達」との響きに、日本の調達・購買担当者がみずから海外にいって、海外のサプライヤーと商談をするといったイメージがあります。私自身、過去に年間稼働日の1/3を海外で過ごしていました。現在は海外出張にはほとんど行っていません。2012年は十数年ぶりに海外出張が0回になるでしょう。しかし、海外サプライヤーからの購入比率は、直接足を運んでいた頃よりも増えています。

海外とのサプライヤーとのビジネスを、実際に海外まで行っておこなっていた頃、私はある限界を感じていました。自分が日本人で、日本からやってきているために起きる様々な事象によって感じる限界です。たとえば名刺。私は必ず現地で名刺を作っていました。日本の名刺と、海外の名刺は、紙の質やフォントが微妙に異なります。したがい、日本でつくった名刺をそのまま海外で使用すると、日本からやって来た人間として扱われます。そして、日本の高コスト体質を見抜いた、現地で発生するコストベースの見積ではなく、日本での購入価格をベースにした見積を受け取ることになります。それでも安価であれば良いのです。ここで、なぜ海外サプライヤーは、日本での購入価格を知っているのかとの疑問が浮かびます。これは、これまで円高局面でおこなわれた地に足のついていない軽はずみな日本企業による海外調達への取り組みによってです。1990年代半ばの円高の後、円は対ドルで¥140台中盤まで安くなりました。当時、1ドル=¥70円台は瞬間風速でしたが、¥80円台で、海外サプライヤーとの取引を始め、その後¥140円台へといたるどのレベルでビジネスがなくなったのか。海外のサプライヤーはビジネスの無くなったタイミングを記憶して、日本での市場価格を類推し、次のビジネスへと生かしています。結果、日本国内の調達コストとの比較論では魅力的だけれども、現地で想定される発生コスト対比では高すぎる見積しか日本の調達・購買担当者には提示されない傾向が生まれています。

「海外調達」といいますが、要は海外のサプライヤーとどのようにビジネスを進めるかです。私は次の3つの、これまでと異なる手法によって海外サプライヤーからの調達を実現させています。

1. 商社の活用

活用すべきは、日本の大商社ではありません。日本であれば、中小規模の専門商社。もしくは海外の商社です。私の実際の仕事では、台湾華僑系の商社を積極的に活用しています。台湾系といっても、実際の調達先はベトナム、インドネシアといったASEAN諸国になります。ベトナムでもインドネシア、また他の国でも現地サプライヤーとのやりとりはすべて中国語です。私は極力、現地のサプライヤーには行きません。しかし、電話会議を含めれば、コミュニケーションは緊密です。

1990年代と今の大きな違いの一つは、インターネットの活用用途の拡大です。当初、今日デジカメで撮影した写真がメールで送付されてきただけで感動していました。しかし、最近ではスマートフォンがあれば、生産工程や出荷試験の状況を生中継で見ることも可能です。Skypeを活用すれば、生中継に費やす通信費も、限りなくゼロにすることができます。生中継でなくとも、動画として撮影し、後に送ってもらうことも可能です。

2. 現地人の活用

先ほど例に出した名刺の話ではありませんが、グローバル化とかダイバーシティとかいっても、やはり「同胞=祖国を同じくする人々」との情緒的なネットワークは積極的に活用すべきです。したがい、私がかつて使っていた出張旅費を、ターゲットを絞り込んだ国で、調達・購買担当者として現地社員を雇用するための費用にしました。現地社員を増やし、調達・購買担当者としての責任は、文書化・明文化によって明確に定義します。日本へ招聘し、要求品質レベルを伝える教育もおこないます。私が実践しているもっとも進んだ例では、現地のバイヤーと、日本のエンジニアが直接コミュニケーションを図って、サプライヤーとの間に起因した問題を解決へと導いています。

3. 長期的なビジネスを前提として、円安局面になった場合の想定対策の共有

この部分は、もう日本のサプライヤーと同じです。為替変動に対する調達・購買部門で、もっとも有効なリスクヘッジは、国内サプライヤーと海外サプライヤーの平行発注し、発注割合をコントロールすることです。円安局面へ振れた場合は、海外サプライヤーへの発注を極力減らします。しかし、円安へ振れたとの理由だけで、取引を辞めることはありません。また可能であれば、円安局面での価格協力依頼や、円貨での契約金額の設定もおこなっています。円高の時だけ取引するサプライヤーから、長期的な取引を志向することを相手に伝え、理解を促し、協力を引き出すわけです。

この3つの実践により、年間100日以上海外出張していた頃より、海外のサプライヤーからの購入比率は増えています。この状況も、海外出張している時期に知り合った人脈を活用して実現できている側面もあります。なので、海外への出張をすべて無駄だと言い切るものではありません。海外サプライヤーとの直接的なコミュニケーションが減った分、各国のサプライヤーへの見積依頼条件を同じレベルとすることに腐心したり、国毎の事情(例:ラマダン、中華圏の旧正月)による影響を最小化したりといった調整業務は増えました。しかし、その見返りは十分に享受しています。

失われた10年とか、20年とか。私は失われたというよりも、停滞していたと感じています。そんな停滞の間、日本の周囲の国々は、大いに発展しました。海外のサプライヤーも、その発展の恩恵を受け、あらゆる面でのレベルが上昇しています。為替は大きな要素ですが、有効なリソースが存在するのです。シンプルに、バイヤーとして活用すべきです。サプライヤー側に確実に起こっている変化を的確に掌握すれば、まだまだ跳ね返せる不利な状況と考えるわけです。

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