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ISM総会レポート 2~「ほんとうの安さ」とは(牧野直哉)
前回、今回のISM総会で、製造業に関連するキーワードとして、3つの言葉をあげました。
1. グローバルサプライチェーン
2. リーン
3. トータルコスト
このようなキーワードが語られる中、実際にバイヤーとして働いている人たちには、どのような影響を及ぼしているのかを考えています。そして、日本で働いているバイヤーの皆さんに、進むべき道の一つのアイデアとしてお知らせできたらと考えています。
今回の3つのキーワードが語る内容、それは「ほんとうの安さ」だと考えています。それでは「ほんとうの安さ」とはどんなものか。それは移りゆくもの、固定化しないものです。
10年前程のことです。ある国のサプライヤーと打ち合わせをするために現地へ出張しました。元々物価が高いとされていた国で、かつ円安でした。私は当時のエピソードをよく話します。皆さんが海外に行ったと仮定してください。出張でも旅行でも結構です。さて、一日の食事にどの程度の費用を費やされますか。例えば、こんなメニューです。
朝食:ホテルのコンチネンタルブレックファースト(ビッフェ式)
昼食:パスタ(カルボナーラ)とオレンジジュース
夕食:BLTサンドとビール一杯
私はこのメニューで、当時日本円で一万円を遙かに超える金額を支払いました。当時の出張旅費規程では、定額¥4,500程度の日当が支給されていました。食事を安く済ませれば儲かります。しかし、当然ながら一日一万円を越える食費はまかないきれません。それでもおいしければいいんですけどね。あんまりおいしくもなかったんです。
数年後、事態は一変します。理由はもちろん円高です。それでも安いとは思いませんでしたが、ドキドキしながら食事をすることはなくなりました。円安の時は、現地の三越の食堂で食べた鰻重が五千円しましたから。それに比べれば、ましだというレベルです。
話を戻します。「ほんとうの安さ」です。
先ほどのある国の例を見てもご理解いただけるとおり、為替によって、価格が安く感じたり、高さに憤慨したりします。また、物価や人件費によっても、高く感じたり、安く感じたりします。そもそも「安い」とはなんなのか。自分ではどうしようもない為替や、国境を越えるだけで、何倍も変わってしまう。そのような不確かなものに一喜一憂するのがバイヤーだとします。ちょっと悲しくありませんか。だからこそ「ほんとうの安さ」を追求しなければならないのです。
先日のISM総会における3つのキーワード。これはすべて「ほんとうの安さ」に繋がる言葉です。最近の日本における調達購買を例にとって説明します。
この原稿を書いている時点で、日本円は米ドルに対して¥80前後で推移しています。ここ最近20年でみても、もっとも円高が進んでいます。それに加えて、東日本大震災によるサプライチェーン全体の混乱により、日本の製造業は海外進出が加速するといわれています。また膨大な投資を要する設備産業は、海外での調達比率拡大に躍起になっています。一方、日本でもいち早く海外展開をおこなった産業は、今回の円高でもさほど影響をうけていません。
おなじ円高という事象に対して、大きな影響を受ける企業がある一方で、まったく影響を受けていないとわざわざ発表する企業もある。これはそれぞれの産業が持つ構造的な問題です。
5月に発表されたISM指数は60.4と高い水準でした(6月は53.5まで落ち込んで、景気の先行きに不透明感が増しています)。ドル安誘導によって、製造業は輸出競争力を増しています。このレポートによれば、様々な条件付けによっては、中国と米国の製造業における人件費が同じレベルになる、ゆえに米国がLCCとなることを報じています。それほどに、米国では製造業の置かれた環境が激変しているのです。そんな状況変化に米国ではどのように対応したのか。調達購買ではほんとうの安さの追求になります。
Apples-to-apples comparisonという言葉、同一条件での比較という意味ですね。グローバリゼーションの進展によって、製造業のサプライチェーンも物理的に長くなってしまった。台湾とメキシコのサプライヤーからほぼ同等の製品を買うことができるけど、いったいどちらが安いのか。グローバル化によって、過去との比較では、サプライヤーの選択肢は増えました。従来だったら地場のサプライヤーしか購入がなかった。しかし、今はメキシコでもアジアのサプライヤーも選択することが可能だ。これまでの日本は、だったら人件費の安い国からかってしまえ、だったわけです。今回のISM総会では、その前にApples-to-apples comparisonを目指しているのです。ただ人件費だけじゃわからない。25の文化があれば、25のプロセスが存在する。故に、単純な比較はできない、ちゃんと条件をそろえなければならない。そのように訴えていたわけです。膨大なコストと時間を費やして、同じ条件での比較を可能にし、誤った意思決定を行なわないために、様々な手を打っているわけです。このような考え方は、実は今始まったものではありません。1995年にマクドナルドは、ハンバーガーの価格を¥210から一気に¥130へと値下げしました。このときのカラクリの一つが世界最適値調達です。その時々に応じて一番安価で品質の良い材料を世界へ向けて供給するというものです。マクドナルドのようなグローバル企業がおこなったことを今、製造業全般に展開すべきと今回のISM総会では論じていたわけです。
そして日本をみてみます。相変わらず新聞に踊る「海外調達比率××%へ」との見出し。モノは人件費だけでできているのでしょうか。原材料の供給能力、作業員の技術レベル、サプライヤー側国内の内陸輸送、通関諸手続といった様々なファクターを考慮した上での××%であれば良いのですけどね。
私のこれまでの経験でも、同じ条件で比較するためのデーター収集と活用に、日本企業が多額の費用を費やすことは難しいと考えざるをえません。そんなことやって、効果があるのか、と一蹴されますね。しかし太平洋を隔てた国では、日本で忌み嫌うことを今、一生懸命やろうとしています。それはApples-to-apples comparisonという、バイヤーにとって当たり前のことです。声の大きさや思いつきに左右されない、意思決定支援ツールの整備です。みなさん、バイヤーとしてこんな仕組欲しくないですか。Apples-to-apples comparisonが確認できるのであれば、意思決定に勇気は必要ない。それが変わる、移りゆく「ほんとうの安さ」を追求する基礎的条件でもあるのです。