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泣けるコストダウン①
8年ほど前の季節の――つまり2001年に起こったすべての物語の――なかで、ある一人の若いバイヤーの物語ほど、のちまで私に大きな影響を与えたものはない。「IT不況」と称されるその年は、世の中にあふれていた商品が突然売れなくなり、かつて「時代の寵児」と称された若き成功者たちが没落を始めていた。
製造業の各社は、なんとかコストを抑えねばならない、削減せねばならないと焦っていた。しかも、その焦りのやっかいなところは、その不況の大きさから、何をやってよいのかわからなかったことだ。各企業のなかの調達部門も、その無策ぶりでは一緒だった。
しかし、なんとしても各社の協力をとりつけ、抜本的なコスト低減を図らねばならなかった。それも、早急に。ただ、どうしてよいのか、その絶望の前に立ちすくんでいた。
これは、ある電機メーカーでの話である。
調達部長に、ある課長が提案した。「うちの課に、犀川詠二(仮名)という若手がいます。若いけれど、やる気はあるし、他部門と本当に仲がいいし、いつも予想以上の成果をあげてくれます。ためしに、彼に原価改善のプロジェクトを指揮させてみませんか」
犀川は呼び出され、調達部長から簡単な指示を受けた。「緊急コスト改善プロジェクトとして、今年20%の削減を達成してほしい」
その犀川という、わずか入社6年目のバイヤーが、翌日から誰も考えつかなかった手段を取り始めた――すべてのサプライヤーの経営者と営業担当者に直筆の手紙を送り、コスト抑制のために「御社と一丸になって取り組みたい」と伝え、一社一社面談に歩き、少なからぬ経営者がその若者の熱意に落涙した。彼は現場で汗を流し、社内部門と調整を繰り返し週に何度も終電を逃し、疲れた体をなげうって朝早くから自社の工程作業者とも会話を重ね、同じ調達部門の人間にも涙目で訴えることで全体をまとめ、2002年には本当に20%の削減を実現させてしまった――という詳細を語ることは、今回の主題ではない。
私の感動を呼ぶのは、次の点である。部長が犀川にプロジェクト立ち上げの指示をした際に、犀川は「どうやって、そのコスト削減を推進すればいいんですか?」と訊き返さなかった。なんと向こう見ずで果敢で、それでいて勇気あるバイヤーだろうか。
バイヤーにとって必要なのは、机上の調達知識や先端のツールではなく、ましてや小手先の交渉テクニックでもなく、横文字の知識でもない。凛々しく目の前の仕事にぶつかることである。そして先輩ができることは、勇気を教えてあげることである。そうすれば、若いバイヤーたちは自発的に問題を解決しようとし、信頼を勝ち得るために果断を下し、気持ちと人生を集中させ、そして自分の極限をためすために、無謀なプロジェクトであっても飛び込める人物になっていくだろう。
今は2001年ではない。しかし、2001年のごとき状況は、今だって、そして将来だって、いつでも起きるのだ。
バイヤーとしていくつかの仕事を指揮したことがある人であれば、そして物事を少しでも改善させようと苦闘してきた人であれば、きっと分かってもらえるだろう。社内外の多くや、同僚のバイヤーたちは、意欲がなく、自分の力で新たな地平線を拓くという意思を持ち合わせていないのだ。適当な仕事に、真剣ではない交渉。仕事そのものへの無関心、そして努力も学習もしようとしない。そして、こういうものが普通になってしまっている。
そういう人たちを給料で釣るか、脅してやらせるか、奇跡が彼らを消し去って有能なバイヤーたちに置き換わるか。そんなことがない限り、プロジェクトを成功させることは難しいだろう。