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社内関係者をビクンビクンさせる調達
繰り返すとおり、2011年3月11日の東日本大震災から丸5年が経ちま
した。私が思うに、あの災害は、調達・購買部門の重要性をアピールする機
会だったのかもしれません。サプライチェーンが途切れれば、生産どころか、
企業活動がストップします。あれから、5年、私たちは社内の地位を向上で
きているでしょうか。
ところで、今回、ものすごい反響だったものを貼り付けておきます。これを
お読みになって、どうお感じになるでしょうか? なお、今回は、特別にP
DFバージョンも作成しておりますので、
(http://www.future-procurement.com/CR_tears.pdf)から保存もできます。
『人間は物語という季節のなかで生きている』
14年ほど前の季節の――つまり2001年に起こったすべての物語の――
なかで、ある一人の若いバイヤーの物語ほど、のちまで私に大きな影響を与
えたものはない。「IT不況」と称されるその年は、世の中にあふれていた
商品が突然売れなくなり、かつて「時代の寵児」と称された若き成功者たち
が没落を始めていた。
製造業の各社は、なんとかコストを抑えねばならない、削減せねばならない
と焦っていた。しかも、その焦りのやっかいなところは、その不況の大きさ
から、何をやってよいのかわからなかったことだ。各企業のなかの調達部門
も、その無策ぶりでは一緒だった。
しかし、なんとしても各社の協力をとりつけ、抜本的なコスト低減を図らね
ばならなかった。それも、早急に。ただ、どうしてよいのか、その絶望の前
に立ちすくんでいた。これは、ある電機メーカーでの話である。
調達部長に、ある課長が提案した。「うちの課に、犀川詠二(仮名)という
若手がいます。若いけれど、やる気はあるし、他部門と本当に仲がいいし、
いつも予想以上の成果をあげてくれます。ためしに、彼に原価改善のプロジ
ェクトを指揮させてみませんか」
犀川は呼び出され、調達部長から簡単な指示を受けた。「緊急コスト改善プ
ロジェクトとして、今年20%の削減を達成してほしい」
その犀川という、わずか入社6年目のバイヤーが、その翌日から誰も考えつ
かなかった手段を取り始めた――すべてのサプライヤーの経営者と営業担当
者に直筆の手紙を送り、コスト抑制のために「御社と一丸になって取り組み
たい」と伝え、一社一社面談に歩き、少なからぬ経営者がその若者の熱意に
落涙した。彼は現場で汗を流し、社内部門と調整を繰り返し週に何度も終電
を逃し、疲れた体をなげうって朝早くから自社の工程作業者とも会話を重ね、
同じ調達部門の人間にも涙目で訴えることで全体をまとめ、2002年には
本当に20%の削減を実現させてしまった――ということの詳細を語ること
は、今回の私の主題ではない。
私の感動を呼ぶのは、次の点である。部長が犀川にプロジェクト立ち上げの
指示をした際に、犀川は「どうやって、そのコスト削減を推進すればいいん
ですか?」と訊き返さなかった。なんと向こう見ずで果敢で、それでいて勇
気あるバイヤーだろうか。
バイヤーにとって必要なのは、机上の調達知識や先端のツールではなく、ま
してや小手先の交渉テクニックでもなく、横文字の知識でもない。凛々しく
目の前の仕事にぶつかることである。そして先輩ができることは、勇気を教
えてあげることである。そうすれば、若いバイヤーたちは自発的に問題を解
決しようとし、信頼を勝ち得るために果断を下し、気持ちと人生を集中させ、
そして自分の極限をためすために、無謀なプロジェクトであっても飛び込め
る人物になっていくだろう。今は2001年ではない。しかし、2001年
のごとき状況は、今だって、そして将来だって、いつでも起きるのだ。
バイヤーとしていくつかの仕事を指揮したことがある人であれば、そして物
事を少しでも改善させようと苦闘してきた人であれば、きっと分かってもら
えるだろう。社内外の多くや、同僚のバイヤーたちは、あまりに意欲がなく、
おのれの力で何か新たな地平線を拓くという意思を持ち合わせていないのだ。
適当な仕事に、真剣ではない交渉。仕事そのものへの無関心、そして努力も
学習もしようとしない。そして、こういうものが普通になってしまっている。
だから、そういう人たちを給料で釣るか、脅してやらせるか、奇跡が彼らを
消し去って有能なバイヤーたちに置き換わるか。そんなことがない限り、プ
ロジェクトを成功させることは難しいだろう。
テストをしてみよう……。
たとえば、これを読んでいるあなたの周りに五人の同僚か部下がいるかもし
れない。そこで、あなたはその一人に、こう言ってみてほしい。「ウチでコ
スト低減を推進するために、まずは他社がどんな手法をとっているか調べて
くれないか」
その「彼」は、すぐに「了解しました」といって調べ始めてくれるだろうか。
おそらく、そんなことはないだろう。きっと「彼」は、めんどうくさそうな、
そして生きる熱意を喪失したような目で、こう聞いてくるだろう。
「他社って、たとえばどこですか?」
「そういうのって、どうやって調べればいいんでしょうか?」
「どのホームページに載っているんでしょうか?」
「そんなことやっている時間はないんですが」
「田中君にやらせたらどうですか?」
「明日でいいですか?」
「ニュースサイトをお伝えしますから、ご自分でやってくれませんか?」
「ぼくは、そんなことをするために、ここにいるんですか?」
そして「彼」は、その質問のあとで、不満そうな顔で頷き、しばらくすると
違う誰かに――事務職の女性とかに――その仕事を丸投げし、その5時間後
に「探すことができませんでした」と言うだろう。もしかしたら、あなたが
想像する以上の資料が出てくるかもしれない。でも、多くの場合は、そうで
はないだろう。残念ながら。
あなたは、きっと大人の表情で「そうか。わかったよ、ありがとう」と言う
だけだろう。
このように、自分から動こうとせず、創造性を自ら捨ててしまい、倫理を持
ち合わせず、やる気がなく、相手が気持ち良くなるように仕事を引き受ける
ことができない人たちがいるから、調達・購買部門の地位は低いままなので
はないだろうか。自分のためにですら努力しようとしない人物が、まわりの
ため、会社のために行動を起こそうとするだろうか。
こういう人たちに、仕事の尊さを理解させることはできない。それができる
としたら、給料を下げるか、あるいは会社の片隅に飛ばしてやることくらい
だ。
最近は、雇用状態が不安定になっているから、多くのバイヤーが職場に不満
を抱えたままとどまっている。バイヤーの中途採用を募集しても、その多く
は日本語すらちゃんと使えず、礼儀もしっかりしておらず、しかもそれらが
なぜ大切かを考えてもいない、と私の知り合いの経営者はいう。
このような人たちを信じて、全権を託して、「緊急コスト改善プロジェクト」
の立ち上げを命じることなどできるだろうか。
「あのバイヤーのことなんですけどね」とある企業の調達部門の課長職の男
性が教えてくれた。「あいつねえ、仕事はちゃんとすることはするんだけれ
ど、出張に行かせたらダメだね。絶対にサプライヤーさんと飲みに行っては、
遅くまで女性の店に居座るんだよ」こんな男性に、部門の運命を任せること
ができるだろうか。
私は最近、「不況で、虐げられている従業員たち」に対する、同情をよく耳
にする。私はその同情に与しないわけではないが、すべての従業員たちが高
潔ではないのと同じように、すべての経営者たちが貪欲でもない、というく
らいの認識は持っている。
経営者たちが、ロクな働きをしない社員たちに、少しでも良い仕事をさせよ
うと走り回っても、社員たちがその熱意を全く理解せず、すべてが徒労に終
わった例も知っている。そして彼らは髪の毛を白くする代わりに、ほんのち
ょっとのお金と住むところ以外は何も残らない。
今はみなが必死である。ほぼすべての企業や部門のなかで、ちょっとしたム
ダを駆除しようと苦悶している。そして、もしかすると報われないかもしれ
ない努力が重ねられ続けている。そんな中にあっては、経営者たちは「ちゃ
んとした働きをしてくれるはずだった」バイヤーたちを解雇し、代わりの優
秀な人物を雇う、ということが起きても何ら不思議ではない。
会社経営とは、もちろん社員の幸福向上のためにあるものでもあるが、まず
は最大限の利益を捻出するために集中される。それは、「緊急コスト改善プ
ロジェクト」を、自信をもって引き受けてくれる勇気ある人物を探し続ける、
ということでもある。
人は自分自身を悲劇のヒーローにしがちだ。だから、バイヤーたちと話すと、
そこにはいつも悲哀が満ち溢れている。「課長がイヤな奴で!」「誰もおれ
の本当の実力が分からないんだ!」。そのようなバイヤーは、まず何よりも
「自分が他人に与えるところから始めなければいけない」という真実を知ら
ない。だから他者から何かを受け取ることもできないだろう。もし彼らに
「緊急コスト改善プロジェクト」をお願いしたら、きっとこう言うだろう。
「忙しいので、他の人にお願いしてもらえませんか?」
私は、このように意欲がないバイヤーを、簡単に更生させることができない、
と経験から知っている。それに、むしろこのような人たちは憐みの対象かも
しれない。しかし、である。彼らを憐れむ暇があるのであれば、別の人たち
に対してそっと涙を拭いたい。つまり、崇高な目的のために就業時間やお金
など関係なくただひたすら努力しているバイヤーたち、そして今日も勝てな
い調達に挑んでいる偉大な「どあほうたち」に、である。
私は言い過ぎだろうか。そうかもしれない。
ただ、私の関心の対象はいつも、無謀な仕事に熱意をもって取り組むバイヤ
ーだった。「緊急コスト改善プロジェクト」を命じられればそれを黙って快
諾する。無視しようとせず、やる前からあきらめもせず、自分の不遇を恨ん
でみることもない。そんな人であれば、もし会社がなくなっても、どこでも
働いて生きていける。社会の進化とは、そのような高貴な生のあり方を探し
続ける、終わりなき旅のことである。
2001年に私が不意に聞いた物語。彼はその後、社内のすべての話題をさ
らった。彼はどこの調達部門でも、いや、どこの会社でも、どんなプロジェ
クトでも、どんな人間からも必要とされるのだろう。誰もが、彼を呼んでい
る。
彼のような人間は、多くのところで、本当にいたるところで、本気で、真剣
に、必要なのだ。