仕事と矜持(坂口孝則)

仕事と矜持(坂口孝則)

先日、ある企業から「緊急」とタイトルのついたメールが届いた。内容を見てみると、「ウチへの請求書は、すべて親会社宛に出してもらうことになっている」という。私が送った請求書についての指摘だった。

ちなみに、
・その請求書自体は3週間も前に送付したものであり
・親会社宛に出すことなど一度も聞いたことがなく
・親会社宛の請求書をすぐに出せ
という。

おそらく、数年前の私だったら、怒り狂っていたかもしれない。ただ現在の私は、静かに「なぜ今のタイミングになったのか」と聞くにとどめた。すると、「経理部門からの指摘であり、月末になった」「いずれにせよウチへの請求書は、すべて親会社宛に出してもらうことになっている」という(ちなみに類似事件がもう一社あったが、触れるのは止めておこう)。

この某氏は、連絡するときは常に「急ぎで回答ください」であり、自分の返信は常に遅れる特技の持ち主だった。おそらく奴隷のような取引先しか有していないからだろうか。そのような態度が身についてしまったのだろう。私はもうこの人とは仕事をすることはなかろう、と考えていた。

最近、怒る人が少なくなっているという。なるほど、それはそうだろう。それは良い側面もある。ただ、相手が静かに怒りを鎮めるだけで、学びの場もなくなっているのだとしたら、それは損失とも考えられるだろう。

もう一件ある。

某社から執筆依頼があった。誰かが書けなくなったからだという。その雑誌は初めてだったが、困っているなら、と執筆してすぐに送った(ちなみに依頼も送付もメールである)。すると、なかなか返事が来ない。

メール不通の可能性もあると思い確認すると、一週間後に「夏休みをとっていたので、連絡が遅れた」と返信があった。この神経は凄いと感動した(皮肉ではない)。

そのあとにゲラチェックの依頼メールがあった(「ゲラチェック」とは、刷る前に著者が原稿に間違いないか確認するものだ)。またしても「明日までに連絡ください」とあった。私は、数カ所を修正して、その日じゅうに送付した。すると、変更箇所が修正されずに、そのまま雑誌に載っていた。

しかも、それを知ったのは書店で、である。そもそも掲載誌すら送ってこなかった。

おそらくその修正は、その雑誌の主張と離れたものであったために修正しづらかったのだろう。ただ、主張を曲げられるくらいであれば、私は掲載されないほうがマシだ、と思っている(原稿料など、くれてやる)。

さすがにこれは酷い、と思い、出版社に連絡した。

「雑誌の主張に合わないからといって、原稿を曲げるのはいけないことではないか」「あ、すみません」「しかも、掲載誌も送ってもらっていない」「あ、じゃ、それは買っていただけるとありがたいんですが」「訂正文を来月号に載せてもらいたい」「そりゃ、ムリっすよ。だって、軽めの論文でしょ」。本気で言っているのかよ。「言論の統制をするっていうのは、あるまじき行為ではありませんか?」「いえ、ウチほど自由に書けるところはないと思いますよ」

私は、もう笑うしかなかった。

会社が悪い、世間が悪い、上司が悪い、と人はいう。しかし、このような阿呆を部下として迎え入れなければいけない経営者や上司に心より同情を申し上げる。

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