バイヤーの最低限のCSR活動(牧野直哉)

バイヤーの最低限のCSR活動(牧野直哉)

今回は苦々しい過去の出来事をお話します。

私が担当していたサプライヤーが、立て続けに3社もいわゆる「倒産」状態に陥った事があります。同じような製品を調達していたサプライヤーで、せっかく立ち上げたと思ったら経営がおかしくなることの繰り返し。3社目がそのような事態に陥って4社目、5社目を立ち上げた後、そうなるまでの経過を振り返ってみました。そこで得られた教訓は、いまでもソーシングに際して考慮すべき一つの軸として実践し続けています。今回はその内容を読者の皆様へお伝えします。次の3点に集約されますが、怖いくらいに倒産した3社どのサプライヤーにも共通している話です。

1. V字回復の盲点

倒産状態に陥ったサプライヤーは、取引を開始してすぐに業績が回復しました。いわゆるV字回復です。私の勤務先の売り上げも年間で判断すれば毎年伸びている製品です。取引が開始されると一気に操業度があがります。早く立ち上がって欲しいとの思いを込めて、製造に必要な材料を無償支給することで、サプライヤー側からすれば先行投資が少なく売りを上げることができます。それまでの経営状態が一気に改善し、V字回復を実現させるわけです。このV字回復が、経営者を盲目的にさせてしまうのです。

2. 設備投資の功罪

V字回復を実現させ、しばらくして製造工程のボトルネック部分への設備投資をおこなっています。なかには、明らかに過大投資と感じさせる内容もありました。私は設備投資に関する詳細のヒアリングをおこなっていましたが、いずれも投資決定の事後報告であったために、聞いたときにはどうすることもできない状態でした。

3. 安住の落とし穴

これは、倒産状態になってから判明した事実ですが、取引を開始して数ヶ月であるにもかかわらず、私の勤務先からの発注への依存度が急激に高まっていました。拡大する規模とスピードで、他の顧客へのフォローが不十分になったことが原因です。

短期間に驚くほどの成長を実現させ、長らくの停滞を乗り切ったとの想いが設備投資を決断させる。売り上げの確保できる顧客をフォローする余り、他の顧客への関心が薄れることで1社依存度が高まる。そして、発注ボリュームの変動の減少局面によって、最後は自転車操業であることが露呈し、事業継続が困難になるとのパターンです。

私は、以上の内容を仮定して以降、取引を開始するサプライヤーに、次の三点を申し渡しました。当時、権限外というか、そこまで踏み込むべきかと悩みましたし、現在もその内容の妥当性を検証し続けていますが、間違っていないと思っています。

(1) これまでの顧客を蔑ろにしないこと

「選択と集中」といえば聞こえは良いですね。しかし、1社への依存度が増えれば、それ以外への関心が薄れます。売る側として、売り上げが拡大する顧客にフォーカスするのはやむを得ない部分でもあります。バイヤーとしても、自分たちだけを見ていてくれた方がやりやすいですね。しかし、私はあえて従来のお客様にも引き続きフォローをおこなうこと、そして引き続き顧客の新規開拓をおこなうことの2点をお願い、実際私が協力できることは一緒にやりました。サプライヤーによっては、営業するリソースが十分でないケースもありますね。その場合は、いろいろと工夫して「久しぶり」といわれることを怖がらずに、間隔は空いてしまっても、行かない事態を避けることを強く申し入れました。

(2) 設備投資をおこなう場合は、申し出ること

割り切っていえば、サプライヤー側の独自判断での設備投資に、顧客のバイヤーとしてとやかくいうべきではありません。しかし、3社が倒産状態に陥った直接的な原因は、必要以上の設備投資による過大な負債です。高操業が継続していれば、毎月の入金もありますから、資金計画を楽観的に作成してしまうわけですね。当然生産変動があり、当該製品はその幅が大きく、期間も長くなるケースもあります。日本の経営者は、良くも悪くも従業員を守ろうとの強い意志を持っています。だからこそ、既存の設備を工夫して活用を継続してきたわけです。ところが、従業員を守る意志によって発生するコストと設備投資による借金の返済が同時に発生することによって、たちまち継続できなくなってしまっていたわけです。

この事前に申し渡した内容によって、あるサプライヤーからの設備投資計画の申し出を、縮小方向で変更させた経験もあります。その後の様々な経、過から判断して、その判断は間違っていなかったと確信しています。

(3) 売り上げの比率が30%を超えたら申し出ること

これは、サプライヤーの財務状況を確認する過程で、過去の売り上げは確認し数字を頭に入れておきます。また、打ち合わせ時に確認をおこないます。また、発注額が売り上げの30%を超えた段階で発注量を抑制する旨も、新規開拓時の当初から明言します。ここまでおこなうのは、1社依存によって、需要変動のインパクトが大きくなることを避け、継続的な取引を志向するためです。当然、ここまでに書いた、そうする理由も説明し、納得を得ます。

なぜ30%か。経営の理想的な状況から判断すれば、30%でも依存度としては高いと判断できます。実際、中小企業の経営指南書では、高くても20%、理想は10%としているものもあります。しかし、理想はあくまでも理想で、実態から乖離しています。1社への依存度が10%程度にコントロールできているのは、よほど特別な優位性を持っている場合です。多くの場合は、1社の柱となる重要顧客+無数の顧客というケースです。ここでいう「1社」の依存度合いによって、企業としての安定性が決まります。私は、これまでの苦い経験から、この比率が30%を超えたら、リスクが大きくなると考えているのです。この数値であれば乗り切れると感じたのが、リーマンショック後の景気停滞でした。

2008年のリーマンショックの後、日本では7割もの売り上げ減少を経験した業種があります。私が調達・購買活動をおこなっている業界がまさにそうです。そんな頃の倒産件数は、過去10年の倒産件数から見れば、確かに高いレベルで推移しました。しかし、97年~2003年の倒産件数と比較すると、逆に少ないのです。バブル崩壊以降、長期にわたる景気停滞で、淘汰が進んだ結果かもしれません。私は7割売り上げが減少するほどのインパクトにしては、倒産件数が少ないと感じました。そして70%の売り上げ減をしのげる体力があれば、30%はなんとかなるのではないか、との仮定をもっているわけです。

これらの内容は、従来のバイヤーのセオリーからは逸脱する内容も含まれています。他の顧客を見続けろとか、依存度をコントロールするとか、設備投資の額をとやかくとか。ではなぜ、これからビジネスを始めるサプライヤーにあえて申し渡したのか。それは、過度のサプライヤーからの依存に耐えられないバイヤー企業の実情を理解して欲しかったのです。顧客に依存せず、自主自立をもう一度確認して欲しかった。倒産した3社の従業員は合計しても数十人でした。しかし、家族まで含めれば、数百人にもなります。そんな多くの人を路頭に迷わせたくなかったのです。

こうやって確信を持っていても、これだけの内容を取引開始まえに言い渡すことには勇気が必要です。この3つのポイントを踏まえて、申し渡す必要があるかどうかを確認する事も結構骨が折れます。しかし、バイヤーはサプライヤーを倒産させてもいけないなとも思うのです。バイヤーが実践する最低限のCSRとして、私はこれからも継続してゆきます。

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