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強いバイヤー(牧野直哉)
私の勤務先は、完成品メーカーに構成部品を製造して納入することを生業としているメーカーです。お客様から見ればサプライヤーです。最近日本国内大手製造業のお客様=大手企業のバイヤーとのやりとりで、こんなことがありました。
最初のエピソードは、いうなれば「弱いバイヤー」です。
そのバイヤーが勤務する大手企業は、私の勤務先の営業的に至らない対応に業を煮やして、別メーカーへの転注を決定しました。(これはこれで、大問題です)私の勤務先は、そこから巻き返して、かなり大幅な条件譲歩を提案します。問題は、好条件を提示されてからの大手企業のバイヤーの対応です。
一端は転注を明言したわけです。しかし好条件を提示したからでしょう。転注するとの言葉を翻して「待ってくれ」との回答。その表情は少し困っている風でもありました。我々が提示した条件の詳細確認と、そして転注先へ提示したこととの兼ね合いがあったのでしょう。一定期間経過後に、対応方針をご回答頂き、要すれば再度打ち合わせをおこなうことになっていました。
ここからが問題です。双方が合意した期日になっても、一向に回答がありません。こちらからフォローすると「もう少し待ってくれ」の一点張りです。新たな好条件を提示しましたが、当然従来と変更のない項目もあります。問題となっていたのは、私の勤務先の構成部品調達リードタイム。「転注」を宣言されたので、原材料の準備もおこなっていません。最長のリードタイムを一週間ほど踏み込んで、最終的に転注を撤回するとの回答がありました。
もう一つのエピソードもタイプの違う、これまた「弱いバイヤー」です。
先ほどのお客様と違って強面です。世間話でもなにか圧力を感じる、そんな方です。口癖はコストダウンで、声も大きい。私も実際にお会いしましたが、典型的な昔ながらのバイヤーです。この方に強く要求され、過去数年間コストダウン活動をおこなってきました。取り組んできたテーマが結実し、コストダウン活動を終了させたのが、昨年の3月のことです。
実は、このお客様とおこなったコストダウン活動には、大事な前提条件が一つ欠けていました。それは発注数量の見通しです。コストダウン活動の中で、当然購入品のコストも低減の対象となりました。私も数回、打ち合わせでご一緒させて頂きました。しかし、何回聞いても発注数量の見通しは「わからない」「言えない」としか口にしません。言質を取られることを恐れたのでしょうか。結果、コストダウン活動が終了し、お客様ご要求のコスト削減を達成しているにも関わらず、発注はゼロです。そして今、さらなるコストダウンの要請が舞い込んでいます。現時点、社内で積極的に対処しようとの雰囲気が生まれません。直接窓口となっている営業担当者も、困り顔で社内を説得しています。当然、私も発注見通しについて質問します。しかし、依然として明確な提示はありません。
私が提示した2つのケースには、共通している点があります。それは、いずれも、真の意味で「決断」をしていません。最初のケースでは、一端おこなった決断が、思いも寄らぬ(かどうかわかりませんが)提案によって、揺らぎ最終的には違った判断をするに至っています。次のケースでも、数量前提の提示という将来的な見通しをバイヤーが決断してサプライヤーへと提示していません。見通しがなくとも、フォローしてくれるサプライヤーが沢山あるのでしょうね。結果、次の新たな展開への以降がスムースにおこなわれていないわけです。
こんな本( http://amzn.to/M4bYTC )もあります。私は、判断を変えたことや、明確な数量見通しの提示しなかった行為を「弱い」と評して、バイヤーが忌むべきとするのではありません。サプライヤーへの対応に、確固たる考え方・方針を持っていないことがサプライヤーへ伝わっていることが問題なのです。主体的に状況に対応するというより、そこにある状況に流されているとの印象を強く受けるのです。結局、自社の受注状況であったり、市場環境によって、朝令暮改的に方針や発言を変えたりするケースも当然存在します。企業内での購買行為は、調達部門の一存でおこなわれるものではありません。したがい、社内調整を必要とし、それに時間を要する事も理解できます。しかし、起こってしまった状況変化に流されて、その結果をサプライヤーに伝えるだけでは、そもそもバイヤーは、注文書を発行するだけと揶揄される存在になってしまいます。事実、今の日本の調達・購買部門、そして多くの企業のあらゆる部門で主体性を持たず、風に身をまかせ、「いつか春は来る」と考えています。確信を持っていますが、もう日本に「好景気」というものは来ないでしょう。具体的には、企業も個人も皆同じタイミングで「好景気」を感じることはありません。好景気とは、それを望み、具体的に目標を掲げ、行動を起こした人にだけやってくるものなのです。よく考えてください、サプライヤーからせっかく好ましい条件を提示されても、右往左往してしまうこと。そして、納入見通しを明確に提示しないこと。いずれもみずから主体的に決めようとしない。これでバイヤーができるなら楽ですよね。
決めること、そして「決断」することは、しないよりも様々な困難に直面します。後者のケースなど、後から「発注がない」と攻められることもないですしね。決めるには、社内から情報を集めたり、サプライヤー側の都合を聴取したりすることが必要です。そういったプロセスをやっていないから、提示しないのではなくできない。私はそう判断しました。決断をせずに、サプライヤーからの信頼を得ることができるか。まさに身をもって実感した瞬間です。
そして、なぜ「決断」しないのか。それは一端決断したとしても覆る可能性があるからです。バイヤーとして、あらかじめ条件を多く提示しないことも、手段として必要です。冒頭に提示した全社の例は少なくとも一端決断をしたのです。そういう意味では、後者よりも素晴らしいバイヤーです。しかし、想定していなかった提案によって、主体性を持てず、結局タイムリーな「決断」ができなかった。後者の場合は、残念ながら一度も決断をしていない。お客様から提示される数量の前提など、変動するのが当然です。多くのサプライヤーは理解しています。重要なのは、バイヤー企業として計画した数値を、サプライヤーに変動する可能性も含め提示することです。その覚悟と姿勢にサプライヤーは共感するわけです。想定される可能性を提示することで、リレーションが進化する。サプライヤーとの関係を深く、強固にする一つの要員が、決断できる強いバイヤーであることを忘れてはならないのです。