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バイヤーと権力と腐敗~やがて哀しき人文系(2)
「あの・・・」私は話し出した。
あとは何を話したかは覚えていない。だけれど、言った内容はこういうことだ。私が、あなたの酷評を書いたこと。そのことがあなたの左遷のきっかけになったであろうこと。そして、こうなってみれば非常に悪いことだと感じていること。
その営業マンは「うっ」といって黙ってしまった。
目を合わせてくれないまま発した、あの声が私の脳裏に焼きついている。
こんな私が。こんなに未熟な私が、この営業マンの職業人生をぶち壊したのだ、と思った。
単純に「買う」という立場にいるだけの私が、この営業マンの社内キャリアを壊してしまったのだ、そう思った。
実はそのあとにこの営業マンとどういう話をしたかを覚えていない。
だけど、その営業マンが、「色々・・・色々・・・もっとやりたいことはあったんですが・・・ああ・・・ああ・・・」といって涙ぐんだことだけは覚えている。
四十歳過ぎにもなろうとしている男性が、である。
こういう話の後だから、当たり障りのない話だとは思うがどうも思い出せない。引越しの準備はどうですか、とかそういう話だったようだが、彼の表情は暗かったのだ。
「まぁ、またどこかでよろしくお願いいたします」
そういって営業マンは送り出してくれた。
・・・・
あのときから私はずっと考えていた。私のような人間に、そういうことをする資格がそもそもあったのだろうか、と。
繰り返すが、バイヤーの権限で代えさせられた営業マンなど何人も知っている。
だけれど、その営業マンがどのような道を辿っているかを知っているバイヤーはさほどいない。異動の直前に出会って話を聞いてあげたバイヤーなどほとんどいない。
私が、そういう辛辣な評価をしなかったときの彼のキャリアパスなど、誰も分かってはくれない。単にあるのは、左遷されたという事実だけだ。
あのときの私は、自分の立場というものをわきまえず、純粋に自分の感情だけで動く単なる動物だった。
私はその動物のままで、その営業マンの何かを壊してしまった。私は、あの立場というものを利用した武器で、彼の首を血が出るまでに切り刻んだ経験を一生忘れることはないだろう。
彼の涙ぐんだ顔を忘れることはないだろう。
「俺は何人も営業をクビにしたよ」
そういうことを自慢げに話す先輩に何人も会った。
もちろん、そういう生き方もあるだろう。そういうことが自慢になる世界もきっとどこかにあるのだろう。だけれど、それが一種の権力の形であることに気付かない人は何人もいる。その力関係の中に埋没することで、自分の感覚と、当初の志を忘却してしまう人もたくさんいる。
・・・・
私の中でささやくもう一人の自分がいる。
「そんなにコストダンして一体何の意味があるんだ?」
私は答える。きっと意味があるのだ、と。そして今日も明日も前進する。
しかし、あの営業マンの涙を思い出すたびに、何かヘンな感情にとらわれるのだ。
「お前は、一人の営業マンを不幸にする以上の意味を見出せるのか」ともう一人の自分は声を上げるのだ。
その営業マンと最後に会った二年後に、私は四国に行く機会があった。
どうせなら、と。私はその営業マンのいる支店に遊びに行こうと思った。
地元の友達に住所を聞き、その支店を探した。
しかし、どうしても見つからなかった。
もしかすると、その支店自体が売り上げの関係で閉鎖してしまったのかもしれない。あるいは、その支店がどこかと統合してしまったのかもしれない。あるいは、単純に私が探しきれなかったのかもしれない。
いずれにせよ、そこにはなかった。私の前に姿を現すことはなかった。
「会ってお前はどうするつもりなんだ?」
もう一人の自分がささやいた。でも、会わずにはおれなかった。小さな自分にわずかながらある良心というものに、殺されてしまいそうな気がした。
しかし、やはりその営業支店には行けなかった。まるで、そのこと自体が自省を迫るかのように、できなかった。
その後、色々な営業マンに会った。もちろん、信じられない人や、あまりにも常識はずれの人たちにも多く出会った。
それでもなお、私はその営業マン一人一人の良さを信じようとした。信じる結果が、いつかしら遠回りでも良い結果につながると信じてやってきた。
それが正しいかは、わからない。
だけど、かつて探し、ついに出会えなかった「悪しき」営業マンの幻影を思い出すたびに、何かが蘇ってくるのだ。
「バイヤーは営業マンを殺す前に、立ち止まってみよう」