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一人で生きてゆくということ(2)
ところで、前述のバイヤーは私だった。
それにしても、今思えば私も大人気ない対応をしたものだ。
「誰ですか、一体あなた?」と訊く代わりに「○○さんですね(その営業マンと違う人の名前)?」とくらい訊きかえしてやるべきだった。
こっちのほうが、もっと大人気ないか。冗談である。
ちなみに、こういう会社という看板でしか仕事をしない営業マンの特徴として
(1).メールが長い(しかし内容はない)
(2).電話でこちらの都合を聞かず話し始める
(3).意味も無くこちらに来たがる
ということが挙げられる。
特に、用事もなく時間をつぶすだけの目的でこちらにやってくる営業マンは、昨今のスピード経営の概念を理解できないでいるらしい。
このような業務スタイルには、自分のことを「足繁く顧客のもとに通っている社員」と上司に思わせる以外の意義はないといっていい。
そして同時にバイヤーのほうを見ても、全く価値を生まない業務を死守している人たちがいる。
資料作りに、無駄な雑談、意味のない電話。
こういうことは会社という組織があるからこそ存在を「許される」行為だ。自分一人だったら、そういう仕事は絶対にしないだろう。
会社の看板を外したところで、自分一人だけでも通用するようなプロになるべきではないだろうか。
その気概を持つべきではないだろうか?
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営業マンの場合は「売り上げ」という数値があり、これを偽装することなしにはその人のレベルが明確に分かる。
ただし、バイヤーの場合は、百貨店系の調達のように自分の購入したものが売り上げに直接つながるような場合を除けば、
・どれくらい安く買ったか(プラス評価)
・どれだけ納期問題を起こさなかったか(マイナス評価)
という項目に捨象して表現せざるを得ない。
しかも、上司はその二項目といえどそのバイヤーの実力を正確に表すものではないと知っているから、どうしても評価軸が曖昧になってしまう。
さらに言えば、バイヤーの8割(推測)は「自分が他人より優れている」と思っているから、常に自分の受けた評価に不満を持ち続けることになる。
これは養老孟司が「バカの壁」を出版したときに、「なるほど」とうなずきながら誰一人としてその本で書かれた「バカ」は自分だと思わなかった構図と同じである。
現在は、運良く自分の市場価値をはかるサービスも充実しており、さらに無料で受けることができる。
多くはないが、年少者が私に「仕事術」を尋ねてきたとき、私はいつも「『術』なんて気にしないでいいから、毎年ビジネスマンとしての市場価値判定を受けろ」と言っている。
自分の市場価値に敏感になれと精神論で言うよりも、数字で突きつけられる事実が最も重いからだ。
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私は転職をすすめる業者の回し者ではない。
むしろ、私から見れば、転職しないで今の会社に居続けたほうが賢い選択だと思ってしまう人たちが多い。
それでもなお、自分の市場価値には敏感になったほうがよく、それは転職した場合の予想年収であったり、自分が会社外で何かを発したときにどれだけ反応があるかということで表現される。
私のもとに、よく若手バイヤーからのメールが届く。
彼らの多くは、現在の職場に絶望しており、自分の業務の将来性に絶望している。
そしてその絶望の本質は、「とはいっても、会社外で自分がやっていけるか分からない」という自己への信頼の欠如である。
「バイヤーは、会社名の通じないところで自分を試してみろ!!」